hitokoto

葛木神社

katsuragi





  祭  神:主祭神:一言主大神(清き明き誠の心をもって一言願えば一言聞こし召し給う神
                 様)。股、日本で始めててを拍って物を受け渡しされた故
                 事により、拍手の元祖、一言恵美須とも言われ、商売繁昌
                 の福の神とも称せられます。
       福祭神:楠木正成公他十一柱
  説  明:金剛山の由来を転載します。
      「この山は古来、葛城山または高天山とも呼ばれていました。
       日本書紀神武天皇の巻に、葛の網をきせて土賊を掩い殺した・・・云々に由来し
       ています。更に時代が移り、天智天皇四年(今から焼く一千三百年前)役の小角
       十六才の時(後の山岳宗教の開祖 役の行者 又は 神変大菩薩と称される)、
       この山に登られ霊気を感得、長い修業の後、頂上に法起菩薩をご本尊とする金剛
       山転法輪寺を建立され、ご自身の祖神、一言主神を祀る葛木神社を鎮守としてあ
       わせ祀られ、神仏混淆の霊峰とされました。
       以後、真言密教の霊場として信仰を集め転法輪寺のお寺の山号である『金剛山』
       が略称の様に使われ、葛城山脈中の最高峰を指す名称になったとも言われていま
       す。
       更に後醍醐天皇(今から焼く六百五十年前)に移ると、大楠公が金剛山転法輪寺
       の山伏精力を利用し、僅か五百の兵で、智略を使った結果、関東の五万の大軍を
       寄せつけなかった、千早城の要塞としても関わりの深いものが有ったといわれて
       います。
       明治元年には神仏分離の憂き目に遭い廃寺となっていましたが、昭和三十七年、
       浄財を募り、多数の方々の協力により、見事に復興する事が出来ました。
       時代は移りましたが、神仏習合の曼荼の霊場として甦り、老若男女、心身練成の
       山として遍く輪を転じております。」
  住  所:奈良県御所市高天476
  電話番号:
  ひとこと:金剛山と葛城山の区別が・・・いや、現在ではつくんですけど・・・。

       古代において、「葛城山」というと、現在の葛城山を指すのか、現在の金剛山を
       指すのかよくわかっていませんでした。

       が、この由来を見るに、古代の「葛城山」は、現在の金剛山のことをも指すらし
       いことがわかります。

       なるほど、なるほど。

       しかし、現在の葛城山はなんと呼ばれてたんでしょうね?

       少なくとも、日本霊異記では、金剛山と葛城山に橋を渡す・・・なんていう記述
       が出ているわけで、この時代には、現在の金剛山は「金剛山」と呼ばれていたん
       でしょう。
       あぁ、ややこしい。

       もしかしたら、葛城山と金剛山の区別すらなかったのかもしれません。

       と言うのも、日本霊異記にあるのはこんな記述だからなんです。

       ちぃと長いですが、平凡社ライブラリーから、引用しましょう。


      「役優婆塞は賀茂の役の公の氏、すなわちいまの高賀茂朝臣の出である。大和国葛
       木上の郡茅原村の人である。生まれつき博学で、常に仏法を信仰していた。毎夜
       五色の雲に乗って大空の外に飛び、仙人と手をつないで、永遠の世界に遊び、花
       一面の庭にいこい、長寿の気を吸った。このため、よわい三十有余年で、さらに
       岩窟に住み、葛の衣を着て、松の葉を喰い、清い泉を身にあび、人間界のけがれ
       をすすぎ、孔雀王呪経の呪法を修め、不思議な術をさとった。鬼神を駆使するこ
       とは自由自在で、多くの鬼神を駆り立てて、『大和国の金峯山と葛木山との間に
       ひとつの橋をかけよ』といった。そこで神々はみな困りはて、文武天皇の御世に、
       葛木山の一言主の大神が人にのりうつって讒言して、『役優婆塞は天皇を滅ぼそ
       うとしている』といった。天皇は命じて、使いをつかわし、優婆塞を捕らえさせ
       たが、なお不思議な力で簡単にはつかまらなかったので、優婆塞の母をつかまえ
       た。優婆塞は母を許してもらうために、出てきてつかまえられた。すぐに伊豆の
       島に流された。そのとき体が海上に浮かび走ること陸を歩くがごとく、高い山に
       いて、飛ぶことは鳳がかけるようであった。昼は天皇の命にしたがって島にあっ
       て修業し、夜は駿河の冨士の山に行って修業した。ところが刑罰を許されて天皇
       の辺りに近づきたいと願い、命をかけて富士山に登った。この島に流されて呻吟
       すること三年をすぎて、恩命下り、大宝元年(701)正月に朝廷の近くにかえ
       され、ついに仙人となって空を飛んだ。
       中略
       あの一言主大神は、役優婆塞に呪法で縛られて、いまになっても解けない。その
       不思議を表したことはあまりにも多く、わずらわしいので省略する。まことに仏
       法の不思議な力は広大で、仏法に帰依した人は必ずそのことをさとるであろう。」

       この物語をみると、役優婆塞の超人的な力と、一言主神の関係が、「金剛山の由
       来」とは逆になっていることがわかるでしょうか。

       つまり、金剛山の由来では、一言主神は、役行者の祖神であり、金剛山の鎮守の
       神なわけですが、日本霊異記では、一言主神は役優婆塞に使役され、ついには呪
       法で縛り付けられる・・・となっているのですね。

       そして、もう一つ分かるのは、役行者にとっては、「葛城山脈」が大切な場所だ
       ったということでしょう。

       金剛山は葛城山脈中の最高峰。しかし、少なくともこの一帯の最高峰ではありま
       せん。
       金剛山の標高は1125M。
       しかし、ほんの2〜30キロ南東を走る大峰山脈は、その1.5倍以上の標高を
       誇る山々が立ち並ぶのですから。

       大峰山も役行者にとっては大切な行場だったはず。
       しかし、役行者は、自らの祖神を、葛城山脈の最高峰に祀ったのです。

       そして、なぜか、金剛山と葛城山に橋を架けようとしている。
       空を飛ぶことが出来る役行者が橋を必要とするわけがありません。
       つまり、彼の縁者が、金剛山と葛城山を頻繁に行き来した、ということかも。

       なかなか意味深ですね。
       また役行者が伊豆に流され、富士山に登ったというのも、もしかしたら、何か歴
       史的な意味を持つのかもしれませんが、ただ単に、伊豆から都を見ようと思えば、
       富士山に昇るのが一番ということかもしれませんし・・・、関東あたりの感覚で
       はどうなんでしょうね。
       山って見るのと聞くのでは大違いですから。

       さて、金剛山は、登山者にとって、それほど手ごわい山ではありません。
       なにしろ、登山道は整備されているし、ロープウェイ
       まであるんですから。
       山頂付近まで車で近づくことも出来たりするようです。

       私は、高天彦神社から登りはじめました。
       この神社の標高は・・・2〜300Mくらいでしょうか?
       多分、800Mほどの登りです。

       この登山道は、それほど整備されていないので、途中、道が崩れていたり、階段
       の幅が妙だったりするので、そこそこ、「登山」を楽しむことが出来るかもしれ
       ません。

      「郵便道」などという看板があったりして、昔の人が、ここを毎日のように通い、
       郵便物を配達していたのだということが偲ばれたりします。

       道が細くなり、片方が絶壁だったりして、ひやっとしたりもするわけです。

       そんな思いをして、汗もいっぱい掻いて、頂上に降り立った時・・・。

       ハイヒールでバッチリ化粧した綺麗なおねえちゃんが、
      「ひょ〜っ!山って涼しい!すごい健康的ぃ!」
       なんてはしゃいでいたりすると、一瞬、自分の脚で登った自分は、アホなんちゃ
       うか、と、自分の存在意義を疑ってしまったりします。

       平地にいたら、そういう自分の価値観を根底から覆されることは滅多にないでし
       ょうし、もし、そういう目にあったら、かなりキツイです。

       そういう意味では、金剛山、お薦めです(笑)

       全く疲労していない、現代的なナリの綺麗なおねえちゃんと、
       ちょっと息を切らせ、すっかり登山の恰好で汗だくの自分とが、全く同じ景色を
       見ているわけです。

       葛城山脈最高峰の頂上から見る景色を愛でながら、
      「涼しい〜♪」と快適そうにしているおねえちゃんの横で、 
       汗のせいで寒くなってきた手足をジタバタさせる気分も乙なものです。

       なにより、忘れてはいけません。
       今、その時、同じ景色を、葛城一言主命がご覧になっているのです。

       山とは、本当に素敵で、不思議な場所なのですね。       

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