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祭 神:天照大御神以下由緒参照 説 明:境内案内板から転載します。 「関神社について 神紋 五七の桐 御祭神 天照大御神 伊邪那美命 天太玉命 天手力男命 大山祇神 火之迦具土命 菅原道真 木花佐久夜比売命 倭比売命 生井神 石凝姥命 味内宿禰 金山比古命 應神天皇 天兒屋根命 月夜見命 天津日子根命 活津日子根命 熊野久須毘命 多紀理比売命 栄井神 市寸嶋比売命 大己貴命 白山比売命 建速須佐之男命 武内宿禰 保食神 大山咋命 宇迦之御魂命 天宇受売命 天忍穂耳命 天穂日命 多岐津比売命 祭祀 例祭 七月十六日 建造物 本殿(神明造)拝殿 社務所 手水舎 倉庫 氏子 坂下、加太、白木一色、鷲山、萩原、福徳を除く関町全域 由緒・沿革 明治五年頃、この神社は熊野皇大神社と呼ばれていた。 昔関氏の祖、実忠が紀伊国熊野坐神社の分霊を勧請したものと伝えられ、境内の棚(ナギ)の木は、それに縁 があるものと思われる。 江戸時代には、熊野三所大権現と呼ばれた。 元和七年(一六二一)修造、その後寛永十四年(一六三七)更に元文四年(一七三九)にも大修理が行われた。 又、明治時代まで新所にも、笛吹大神社があり江戸期、笛吹大明神と呼ばれ、もと鈴鹿山麓の総社として加行 山に鎮座されていたが、文明十一年(一四七九)各郷が分離して新所村のみの氏神となった。 その他古厩に大井神社、久我に白石神社、宇佐八幡宮等周辺に小祠が多数あったが、明治四十二年七月二十三 日に合祀され、同年九月関神社と改称された。 昭和二十七年十二月一日「宗教法人」関神社となった。 夏まつり 毎年七月二十日すぎの土・日曜日に、神輿渡御・山車曳きが行われる。」 住 所:三重県亀山市関町木崎675 電話番号: ひとこと:この神社に合祀された大井神社が、式内社に比定されており、関神社が、延喜式内論社となっているわけです が、大井神社のご祭神がどなただったのかが、調べてもわかりません(^^ゞ 関氏と聞いてもあまりピンとこなかったのですが、『吾妻鏡』によれば、その祖は関実忠であり、桓武天皇系 の伊勢平氏の末裔だそうです。 鎌倉時代に執権北条氏に仕え、ここ伊勢国鈴鹿郡の関谷を賜ったのだとか。 実忠は亀山城主となり、関氏はこの地で大いに栄えた……というのですが、関氏で有名な人物を、私は知りま せん。 関は私の名のルーツでもあるので、調べてみたい気もしますが、ヒントがないんだなぁ……。