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宇良神社

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  祭  神:浦嶋子(浦島太郎) 
       相  殿:月読命 祓戸大神
  説  明:境内案内板を転載します。
      「浦嶋神社は延喜式神名帳によると、『宇良神社』と記されている。創祀年代は淳
       和天皇の天長二年(825)浦嶋子を筒川大明神として祀る。浦嶋子は日下部首
       等の祖先に当り、開化天皇の後裔氏族である。
       その大祖は月読命の子孫で、当地の亮朱である。浦嶋子は人皇二十一代雄略天皇
       の御宇二十二年(478)七月七日に、美婦に誘われ常世の国に行き、その後、
       三百有余年を経て、五十三代淳和天皇、天長二年(825)に帰ってきた。
       常世の国に住んでいた年数は三百四十七年間で、淳和天皇はこの話を聞き、浦嶋
       子を筒川大明神と名づけ、小野篁を勅使とし、宮殿を造営された。この神社に伝
       わる浦嶋物語は起源が最も古く、八世紀の初期にできた丹後風土記、更に日本書
       紀、万葉集などに記載されている。
       又、古代より崇敬の念は厚く、まことに顕著なものがある。

       浦嶋子縁の地名
       水乃江 曽布谷 今田 雲龍山 布引滝 龍穴 白鷺岬 かんこ川 舟繋岩」 
  住  所:京都府与謝郡伊根町本庄
  電話番号:0772−33−0721
  ひとこと:浦嶋太郎を祀った神社です。

       では、丹後国風土記にある浦嶋伝説とはどのようなものでしょうか。
       かな〜り長いですが、とりあえず、引用しちゃいましょう。

      「丹後の国の風土記にいう、
       与謝の郡。日置の里。この里に筒川の村がある。ここに日下部首らの先祖で、名
       を筒川の嶋子という男があった。生まれつき容姿は秀麗で、風流なことは比較す
       べきもなかった。これは世にいうところの水の江の浦の嶋子という者である。こ
       のことはすべてもとこの国の国司であった伊予部馬養連が書いていることとすこ
       しも違っていない。それ故、簡単にそのいわれを述べよう。
       長谷の朝倉の宮に天の下をお治めになった天皇(雄略天皇)の御世に、嶋子はひ
       とり小船に乗って海の真っただ中に浮かんで釣りをしたが、三日三晩たっても一
       匹の魚さえとることができず、ただ五色の亀をとることができた。心中不思議な
       思いで船の中に置いてそのまま寝てしまうと、たちまちに亀は婦人となった。そ
       の顔かたちの美しさはたとえようがなかった。嶋子は尋ねて『人家ははるかに離
       れて、海上には人影もない。それなのに忽然として現れるとはいったいどこのお
       方なのか』というと、女娘は微笑して答え『風流なお方がひとり大海原に浮かん
       でらっしゃる。親しくお話ししたいという気持ちをおさえ切れず、風雲とともに
       やって来ました』といった。嶋子はまた訪ねた。『風雲はいったいどこから来た
       のか』。女娘が答えていうには、『天上の仙家の人です。どうか疑わないで下さ
       い。語らいあって打ち解けてくださいませ』といった。そこで嶋子は神女である
       ことを知り、恐れ疑う心が静まった。女娘は語って『わたしの心は、天地と終わ
       りを同じくし、日月とともに極まるまで、あなたと永遠に添いたいと思います。』
       といった。嶋子は答えて、『なに一ついうことはありません。どうして【あなた
       を愛する心に】ゆるむようなことがありましょうか』といった。女娘は『それで
       はあなた、棹をとり直して蓬莱山(とこよのくに)に行こうではありませんか』
       といった。嶋子が従って行こうとすると、女娘は注意して目をつぶらせた。と思
       う間もなく、海中の広くて大きい島に着いた。地には玉を敷いたように美しく、
       高い宮門は大きな影をおとし、楼殿はあざやかに照り輝き、いまだかつて見たこ
       ともなく、耳に聞いたこともないところであった。二人は手をとりあってゆった
       りと歩いて、一つの大きな邸宅の門に着いた。女娘は、『あなたはここでちょっ
       と待っていて下さい』といって門をあけて中に入っていった。すると七人の童子
       がやってきて、互いに語り合って『この人は亀比売の夫だ』と言った。また八人
       の童子がやってきて、互いに語り合って『この人は亀比売の夫だ』といった。そ
       こであの女娘の名が亀比売であることを知った。そこへ女娘が出てきたので、嶋
       子は童子たちのことを語った。女娘は、『その七人の童子は昴星です。八人の童
       子は畢(あめふり)星です。怪しまないでください』といって、先に立って案内
       し、内に引き入れた。
       女娘の父母はいっしょに出迎え、挨拶のお辞儀をして座についた。そして人間と
       仙都との差別を説明し、人と神とが稀に出会えたことの喜びを語った。そこで数
       百品の芳香のある食べ物をすすめ、兄弟姉妹たちは杯をあげてやりとりをし、隣
       の里の洋徐たちも美しく化粧をして接待をして戯れ遊んだ。仙歌は声もさわやか
       に、神の舞は手ぶりもなよやかに、饗宴のさまは人間世界に数万倍した。まった
       く日の暮れたのも忘れたが、ただ黄昏時になってたくさんの仙人たちがしだいに
       退散すると、女娘がひとりとどまって肩を寄せ合い袖を交わし、夫婦の語らいを
       した。時に嶋子は旧俗(ふるさと)を忘れ、千都に遊ぶこと三歳を経過した。た
       ちまちに郷里を思う心がまき起こり、ひとり両親を恋い思った。それで悲哀の情
       がはげしくおこり、嘆きは日ましに強くなった。女娘は問うて、『このごろあな
       たの顔色を見ると、いつもの様子とちがっています。あなたの思ってらっしゃる
       ことを打ちあげて下さい』といった。嶋子は答えて、『古人は、世の常の人間は
       郷土を思い、狐は自分の古巣の山の方を頭にして死ぬとかいっています。自分は
       それを嘘だと思っていましたが、いまそれはまことだと知りました』といった。
       女娘は問うて『あなたは帰りたいのですか』というと、嶋子は答えて、『私は近
       親や知り合いの人から離れて遠い神仙の境界に入りました。それを恋いしのぶ心
       をおさえることができないで、軽率な思慮のほどを口に出してしまいました。で
       きれば、しばらくの間もとにいた国に還って両親にお会いしてきたいものです』
       といった。女娘は涙を流して、『私の心は金石と同様、千年も万年もと期してい
       たのに、郷里のことを思い出して私をたちまち棄て忘れてしまうとは、……』と
       嘆いていった。そして二人手をとりあってさまよい、語り合い、なげき哀しんだ
       が、ついに袂をひるがえして立ち去り、岐路についた。ここにおいて女娘の父母
       と親族たちは別れを惜しんで送った。女娘は玉匣をとって嶋子に授けていうには、
      『あなたは本当に私を忘れないで、恋い尋ねてくださるのならば、この匣をしっか
       り握って、決して開いてみてはいけません』と。すなわちお互いに分かれて船に
       乗って目を眠らせると、たちまちにもとの郷里の筒川の郷に着いた。
       そこで嶋子は村里をつらつら眺めてみると、人も物も移りかわって、一向に頼る
       べきところもなかった。かくで里びとに『水江の浦の嶋子の家の人たちは今どこ
       に住んでいるのでしょうか』と聞いた。郷人は答えていった。『あなたはいった
       い何処の何者で、そんな遠い昔の人のことをきくのですか。私が古老たちのいい
       伝えを聞いたところでは、ずっとさきの世に水江の浦の嶋子というものがあって、
       ひとり海に遊びに出たきり二度と還ってこない。今までに三百余歳を経ている、
       ということです。なんで突如としてそんなことを聞くのだろう』と。
       そこで、絶望の心をいだいて郷里をあるき廻ったけれども、ひとりの親しい人に
       もあわず、すでに十数日たってしまった。そこで玉匣を撫でて神女のことをしみ
       じみとしのんだ。かくて嶋子はすぎた日に約束したことを忘れ、ただちに、玉匣
       を開いた。すると一瞬のうちににおうがごとき若々しさは風雲とともに蒼空に飛
       び去ってしまった。嶋子は、もはや約束にそむいたので、また再び会い難いこと
       を知って、頭をめぐらしてたたずみ、涙にむせんでさまよった。ここに涙をぬぐ
       ってうたった。
        常世べに 雲たちわたる
        水の江の 浦島の子が
        言持ちわたる
       神女ははるかに芳香を飛ばして歌った。
        大和べに 風吹き上げて
        雲離れ 退き居りともよ
        吾を忘らすな
       嶋子はまた恋の思いにたえかねて歌った。
        子らに恋い
        朝戸を開き 吾が居れば
        常世の浜の 波の音聞こゆ
       後の時代の人がそのあとに付けくわえて歌った。
        水の江の 浦島の子が
        玉匣 開けずありぜば
        また逢わましを
        常世べに 雲たちわたる
        たゆまくも はつかまどいし
        我れぞ悲しき」

       というわけで、乙姫様ではなく、亀姫様であること。
       竜宮ではなく、蓬莱であること。
       蓬莱には星が棲んでいること。

       などが、な〜んとなくわかってきます。

       この時代、神仙は、天の空に住むと考えられてたってことでしょうか。
       そのあたりはよくわかりませんが、とりあえず、亀姫様は、海の中から登場して、
       星の世界へ帰っていったということが面白いんじゃないかと思うしだいでありま
       す。

       というのも、海の民というのは、星の位置に詳しいもんじゃないかと思うからで
       す。

       野尻抱影さんの「日本の星」などを読みますと、日本の人々が古くから、星で季
       節を。そして方位を知っていたことがわかります。

       だからといって、浦嶋子が、漁夫で、だからこそ星に詳しく、だからこそ、亀姫
       様の心を捉えた……とまでは飛躍できませんが。

       ただ、風土記逸文によれば、浦嶋子は三日三晩船の中で過ごしています。
       三日と三晩も、普通の人が海を漂うでしょうかね?
       とすると、やはり、彼は漁夫だったんじゃないかと。

       そして、三晩、船にいたのならば、当然、星も見上げただろうと思うわけで。

       そう考えたとき、この物語が、中国の七夕伝説と似たペーストを持っているように
       感じちゃうわけですね。

      「浦島効果」ってご存知ですか?
       アインシュタインの説だそうで、もちろん、誰も確認はしてません、というかでき
       ないんですけどね。

       つまり、
      「光速で移動している生き物は年をとらない」
       という、アレです。

       もし、もし、もし、もし、もし。
       亀姫の住む蓬莱が、宇宙にあるのならば、この物語は、まさに、浦島効果を証明し
       た物語ってことになるんですけどね(^^ゞ

       浦嶋子が行って戻ってくるまでに、三百余年。
       浦嶋子が蓬莱で過ごしたのは三年。

       ということは、「蓬莱」は、150光年離れた星にあるってことになります。

      「光速で移動していると、年をとらない」
       これは、ひとつの表現です。

       しかし、アインシュタインは、
      「光速に近い速さで移動している物体の中では、時間の流れはゆっくりになる」
       と言うてるわけで。

       当然、光速の飛行船の中で人が年をとらない=時間が流れないってことです。

       だから、浦嶋子が一瞬にして蓬莱についたのは、当然のことなわけ。

       と、まぁ、この物語が実話で、宇宙に住む人と、地球人の恋愛物語だったら面白い
       んですが、そうなると、浦嶋子が月読命の末裔であるとしている意味がわかんない
       んですよね。

       だって、月は地球の衛星です。
       月の存在は、地球には関係深いですが、ほかの惑星、ましてや恒星になんらかの印
       象を与えるもんかどうか(^^ゞ

       ですから、物語は物語として見ておくのが良いでしょう。

       でも、私は、
      「蓬莱は、少なくとも、海の向こうにあった」
       と思えてならないんです。

       そして、その国と行き来した人もいたに違いない、と。

       蓬莱がどこの国のことであっても、私は面白いと思います(#^.^#) 

        

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