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祭 神:九鬼澄隆 伊邪奈美命 誉田別命 素盞鳴命 説 明:境内案内板を転載します。 「九鬼岩倉神社は九鬼家の歴史と深く関わっています。この神社が立っているのは、田城城の跡地です。加茂川と河 内川の合流点近くの丘の上に築かれたこの砦は、九鬼家の居城でした。 この砦を治めていたのは九鬼嘉隆の兄・浄隆でした。浄隆の死後、浄隆の幼い息子・澄隆が家督を継ぎました。し かし、統治するには若すぎたため、澄隆が成長するまで嘉隆が補佐役を務めました。 澄隆は不穏な死に方で亡くなりましたが、これは九鬼家の当主としての地位を維持しようとした嘉隆による暗殺と 考えられています。後にこの地域の政権の拠点となった鳥羽城が築城されると、田城城は廃城になりました。」 住 所:三重県鳥羽市岩倉町1107−1 電話番号: ひとこと:九鬼嘉隆は戦国時代の有名人で、九鬼水軍の統領。織田信長に使えて頭角を表し、関ケ原では西軍についた武将で す。 澄隆が殺されたのか、急病で没したのかはわかりませんが、「毒殺された」と書かれているサイトなどもありまし たから、当時はよほど噂されたのでしょうね。 この神社は海から3~4キロ離れて鎮座していますが、伊勢湾へと流れる賀茂川のそばにあり、小高い丘の上にあり ますから、水軍の城を建てるにふさわしい場所なんでしょうね。