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祭 神:大山積大神 説 明:案内板を転載します。 「和銅年間(七〇八~七一四)、越智玉澄公が大山祇神社の地御前としてこの地に勧請した。以後、兵火や落雷に より社殿は焼失したが、天正三年九月十二日(一五七五年)、来島城主村上三郎九郎越智通総(来島通総)が再 建し奉ったものであると棟札に記されている。 昭和十二年社殿の新築時に、この拝殿を移設し絵馬堂としていたが、昭和二十年の戦災で新社殿が焼失したため、 元の住置、すなわち現在の場所に戻して拝殿とし、昭和三十七年に解体修理復元されたものであり、間口五間、 奥行四間、平屋切妻造で檜皮葺の建物である。 棟札写し及び風蝕、小屋束の様式等から天正の頃と考えられ、当地方唯一の純和様神社建築である。 拝殿には、絵馬「白馬の図」谷文晁画(市指定有形文化財)、境内には戦火の焼け跡の残る大楠(市指定天然記 念物)がある。 愛媛県教育委員会 今治市教育委員会」 住 所:愛媛県今治市別宮町3丁目6−1 電話番号: ひとこと:鎮座地は、大三島の大山祇神社のほぼ真南に位置しておりまして、遥拝所のようなものだったのではないかなと も想像します。