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祭 神:白本武尊 稻依別王命 大國主大神 事代主大神 説 明:境内案内板を転載します。 「人皇六代孝安天皇ノ御代ニ近江国神崎郡千草嶽ニ大國主大神、事代主大神ヲ祀り奉ル。後、日本武尊御東征ノ帰路、 近江国造ノ祖、意布多牟和氣ノ女 布多遅能伊理毘賣ヲ娶ラル。御子稻依別王命生マレ給フ。 景行天皇四十六年稻依別王命、御父日本武尊ノ御神霊ヲ奉シ大神ト共二千草嶽ニ合祀サレ、近江一之宮建部大明神 ト称シ、建部ノ大神ト定メラレ給フ。其後白鳳四年天武天皇ノ御代ニ稻依別王命ノ曾孫、建部連之安麿ノ神勅ニヨ リ栗太郡勢多ニ移シ奉ル。 称徳天皇ノ神護景雲二年ニ至リ建部ニアル遠裔子孫ソノ神徳を敬慕シ、箕作山ノ麓ニ神殿ヲ建立シ、建部新宮ト号 シ建部ノ荘十七ケ村ノ氏神トシテ崇敬ス。建部神社ノ創立ヨリ、毎年陰暦二ノ申ニ建部祭礼ヲ営ム。 社頭ヲ距タル南五丁ニアル山之神古墳ハ、稻依別王命ノ墳墓と伝ヘラル」 住 所:滋賀県東近江市五個荘伊野部町457 電話番号: ひとこと:つまり、この神社は、大津市にある建部大社の「新宮」であるということで良いのかなと。社務所前にも、白鳥が 降り立つ絵と、建部神社から建部大社への矢印、建部大社から建部神社への矢印が書かれておりまして、ヤマトタ ケルの魂が、行ったり来たりしたという意味かな……と。 この神社は式内社ではないのですが、ご神霊が建部大社と建部神社を行ったり来たりしていたのならば、延喜式神 名帳の記録は、たまたま建部大社に坐するときの祈年の祭りのものなんだとしたら、十分あり得るかと思います。 実際、このあたりはヤマトタケルの御名代、「建部」であり、古代はこのあたりを「建部郷」と呼んでいたようで す。 ただし、建部大社は「たけべたいしゃ」と読むのに対し、こちらは「たてべじんじゃ」なので、注意が必要っぽい です。