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善知鳥神社

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善知鳥の剥製




  祭  神:多紀理毘売命 多岐都比売命 市寸嶋比売命
  説  明:ご由緒書を引用します。
      「御由緒
       善知鳥神社は現在の青森市が昔、善知鳥村と言われた頃、奥州陸奥之国外ケ浜
       鎮護の神として、第十九代允恭天皇の御代に日本の国の総主祭神である天照坐
       皇大御神の御子の三女神を、善知鳥中納言安方が此の北国の蝦夷山海の悪鬼を
       誅罰して此の地を治め、その神願霊現あらたかな神々を祭った事に由来してい
       る。
       又、善知鳥中納言安方は、此の地の人々に初めて漁猟と耕作を教へ、此の辺一
       帯が今日のように発展したのは安方の聡明なる知恵と才能と勇気が神々の御意
       に家内、人々に慕い仰がれる所以となったと言われている。
       爾来、此の善知鳥神社は青森の発祥の地として、長い間連綿として敬神崇祖の
       信仰が受け継がれている。
       古文書による縁起
       一、善知鳥は善知鳥の前とて安方の後妻なり。安方に勝りたるほどの御方にて、
       此浦の政務御自身に御世話遊ばし浅虫掛橋の山の上の舘に居住し給ひ、甚だ長
       命にて直ちに生神とならせ給ふに依って、是を神のまします所とて今の世まで
       巫覡神送の祝文にも善知鳥前掛橋あけちか巌迄送り届けるとは此事なるぞ。
       一、善知鳥、生神とならせ玉ふの後、当社に御徳を祭りて弁財天と崇り奉り、
       今社の浮島弁財天これなり。当社の霊験毎々女人の御姿現れ玉ふに依って、安
       方宮とは称し奉らずして善知鳥宮とはふり唱へ来れり。元より当社の神秘にし
       て、相殿には必ず中納言安方、善知鳥の前の両神を祭るなり。安方の後裔、安
       日といへるは人皇三十七代斉明帝の時、安倍比羅夫の東夷征伐ありしに此辺浦
       々の静謐なるを感ぜられ、比羅夫これを天子に奉し、初めて安方の勅勘許され
       中納言と先祖に贈官を下し置かれしとぞ。
       一、安日十七世の孫安東といへるは人皇五十代桓武帝二十一年坂上田村麿東征
       の時、田村麿に力を合わせて遠近の法令を定む。田村麿その事を奏したれば、
       勅命あって又従三位中納言を贈官ありて当社を再建すと云々。
       住吉は悪知鳥と書きてウトウと読みたるぞ。後の筆者烏を鳥と認めしより、い
       つかまた悪を善と改めたりと年代久遠の間或は当社を安方の宮と称し、此辺の
       民家を総べて善知鳥村と唱へ、或は又民家を安方と唱へて当社を善知鳥宮とい
       ふに依って、善知鳥安方とも申す習はし伝うるは皆当社より起こりたる地名と
       いへり。また安潟と書たるもあり。
       一、善知鳥のは社内の沼に二つあり。昔此鳥社内に多く群棲すといふは誤なり。
       ただ雌雄二つありて、雄はヤスカタとなき、雌はウトウとなく。これ則ち西国
       にて御果遊ばしける雌雄二つの鳥となりて父母の御行衛を訪ね来りけるとぞ。
       猟師誤りて雄を射取りければ雌鳥怨をなし、此鳥数万となり田畑を荒し、民家
       を悩ますこと限りなし。これに依り善知鳥山養泉寺地蔵という一寺を建立し、
       此鳥の怨を宥ければ、其災除けしとなり。
       其寺跡今当社の西にあり。右は当社善知鳥宮の由来なり。
       此外善知悪智または安方を安潟とも認めるによりて諸説あり。
       一説に安方悪智の名を蒙り御父子東西に流罪せられ、深く前非を悔いて本性の
       善智に立帰り、高倉明神の霊夢によってついに此浦の神となる。其霊善悪の二
       つの鳥となる云々。我家、善知鳥宮の社司たる事既に数十代、今度官命を蒙り
       当社の由来を認めるによって先祖相伝の神秘其の大旨を記す。
       文化十三年(1816年)丙歳五月吉日
        六代太夫 柿崎伊予守広雅」
  住  所:青森市安方2-7-18
  電話番号:017-722-4843
  ひとこと:善知鳥は今現在青森市内では見られなくなっているそうですが、クチバシに瘤
       のある、可愛らしい鳥です。
       シベリアや三陸沖の島などで繁殖しているようですが、既に珍しい鳥になって
       しまっているようですね。
       
       この鳥が本当に「ウトウ」「ヤスカタ」と鳴くかどうかは知りません。
       ただ、善知鳥安方の物語は様々な形で残されていますが、彼が宗像三女神を勧
       請したという伝承は一致します。
       そして流罪の貴人であるということも。
       
       いわゆる貴種流離譚になるのでしょうか?
       そして彼が鳥と習合した過程が気になります。
       
       関西の日本海側には白鳥信仰があります。
       そして白鳥が飛来するこの地では、茶色く羽根の小さな鳥を信仰するのです。
       
       気になる。
       すごく気になる。
       
       だけど何をどう考えたらいいのかまだわかりません(^^ゞ
       
       ただ、この地の伝承でも、宗像大社と同じく、宗像三女神は天照大神の娘であ
       るとされていますね。
       記紀神話では三女神は素戔嗚の娘ですから、九州と深く関連があるのでしょう。
       
       なのに、渡りをしない鳥への信仰……。
       流罪の先で命を落とした安方と重ねているのでしょうか?
       
       それにしても、何かがなんだかすごくチグハグです。
       
       角川書店の『青森の伝説』では、母を狼に殺された娘を安方が非常に可愛がっ
       たという話が出てきます。
       そして娘の父である猟師は狼を非常に憎み、殺したので報いを受けたという話
       です。
       ここらへんは思いっきり仏教説話の影響を受けていますしね。
       
       でも善知鳥安方が流罪になったのは、斉明天皇の時代よりさらにずっと昔のよ
       うですから、仏教はまだ伝来していないでしょう。
       つまり、彼の伝承は非常に古い。
       そして古いがゆえに、後世にさまざまにカタチを変えているのではないかと思
       います。
       
       だからこそ、本来の話を探るのが難しいんでしょうけれどね……。
       なんにせよ、今後も探っていきたい伝承です。

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