kenkou

丹生酒殿神社

nyusakadono




  祭  神:丹生都比賣命  高野御子命 健御名方命
       摂社「鎌八幡宮」:譽田別命
  説  明:案内の一部を転記します。
      「丹生酒殿神社は天照大神の御妹君丹生都比売命を始め復救の神を合祀
       したお社の総称である。
       平成十年九月二十二日の台風の襲来は和歌山県及び奈良県両県に亘り
       多大の被害を齎した。
       丹生酒殿神社の被害も又甚大であり、鎮守の森を始め其の神域の荒廃
       は勿論申すに及ばず高野皇子命を祭神とする(中坐)及び誉田別大神
       を祭神とし市杵島姫命を合祀する(左坐)の巨木の倒伏に依る被害倒
       壊の惨状は筆舌につくし難く、式年遷宮祭(平成七年九月九日)を執
       行して間もなかっただけに氏子の心痛も又共の極みであった」

       平成祭礼データによれば、
      「丹生都比売大神は、天照大御神の御妹であらせられ稚日女命とも申し
       上げ、御子高野御子と共に御巡歴遊ばし木の川(紀ノ川)の水を以て
       酒を醸し奉りてより丹生酒殿と称えられる。明治6年4月村社に列し、
       昭和10年6月18日官弊大社丹生都比売神社摂社として合併され、戦後
       独立現在に至る。」
       とあります。
  住  所:和歌山県伊都郡かつらぎ町三谷
  電話番号:
  ひとこと:この神社は、What's New?に詳しいです。

       摂社の鎌八幡宮に参拝すると、大木に鎌が一杯刺さっていて、一瞬、
       ぎょぎょ・・・としますが、これは、丑の刻参りの後ではなく、願掛
       けの一種みたいです。
       手前味噌ですが、掲示板過去ログでも話題になっております。
      「針供養」の日に、針を豆腐に刺すように、使い終わった鎌に「感謝」
       の意味もあったのかもしれません。

       さて、丹生酒殿神社の名前は、丹生都比賣命が、紀ノ川の水で酒を醸
       しだしたからだとか。
       
       そもそも、丹生氏の本拠地は、この酒殿神社だったそうです。しかも、
       もともとは、丹生都比賣神社が山宮、この丹生酒殿神社が里宮として
       機能していた、と、ありますから、この二つの神社は、ほぼ同格か、
       もしかしたら、酒殿神社の方が、格上だったかもしれません。

       としたら、丹生都比賣に関連深い神社であり、「里宮」が、「酒殿神
       社」で、「山宮」の方が、「丹生都比賣神社」と呼ばれていることに、
       ちょっと不思議を感じたりします。

       素人考えですが、丹生都比賣が、酒を醸したことは、かなりの重大事
       件だったのではないでしょうか?

       一体酒造りの神様と呼ばれる神々はどのくらいいらっしゃるのでしょ
       うか?

       天甜酒を醸した神吾田鹿葦津姫(木花開耶姫、梅宮大社の社伝によれ
       ば、大山祇神)。
       酒の神様として名高い大三輪の大物主神。
       酒造りの神として崇拝されている、松尾大社の大山咋神。
       そして、この丹生酒殿神社の丹生都姫。

       酒が醸されたことが大きな事件として扱われるということは、お酒自
       身も、とても大事なものであると考えられていたのでしょうね。

       皆さんはどんなときにお酒を飲みますか?
       宴会の時、懐かしい友達と再会した時、誰かと腹を割って話したい時、
       眠れない時、忘れたいことがある時、幸せに浸りたいとき。

       私たち人間も、いろんな時に飲みます。

       それでは、神様はどんな時にお酒を飲んでおられるでしょうか?

       まずは、木花開耶姫の場合。子供が無事生まれたときですね。

       そして、山城国風土記逸文には、丹塗り矢で娘が懐妊・出産してしま
       った為、その子の成人式の日、加茂の親神たる建角身命は「八尋の家
       を造り、八戸を堅く固めて八腹に酒を醸造して」七日七夜宴会をし、
       子供に、「お前の父親にお酒を勧めなさい」と言うと、子供は天を仰
       ぎ、礼拝し、天に昇ってしまったという話が出てきます。
       この場合は、子供の成人を祝う意味と、孫の父親(娘の夫)が誰かを
       占うという意味で醸されたお酒といえるかもしれません。

       さらに、有名な八俣大蛇退治。
       素戔鳴尊は、8度醸したという「八塩折酒」を足名椎・手名椎の神様
       に用意させます。
       そして、垣を巡らせ、八つの入り口を作り、そこに八塩折酒を入れた
       桶を一つずつ置き、大蛇を待ちうけます。
       あとは皆さんご存知の通り。
       大蛇は八つの首で八つの桶酒を飲み干し、眠ってしまうんですね。
       眠っちゃったらさすがの大蛇も形無し。
       あっという間に素戔鳴尊に退治されてしまいました。

       今気づいたけど、賀茂の社の話も、八俣大蛇の話も「酒」と「八」が
       関連づけられてますね。何か理由があるのかしらん。

       他にもあるでしょうが、見てみたところ、
       1.祝い事のある時
       2.神問い事の時
       3.強敵を退治する時(この場合、酒呑童子退治の時のように、酒は
         神のご加護として登場する場合もありますね)

       に、酒が登場するようです。

       さて、話を戻しましょう。
       この酒殿神社で、丹生都姫は紀ノ川の水からお酒を醸造されました。
       なぜでしょうね。
       3番の強敵退治という話は、(単に私が知らないだけかもしれません
       が)ないようです。
       1番の祝い事、これはありそうです。
       丹生都姫がこの地に安住され、それを祝ったのかもしれませんし、も
       しかしたら、丹生都姫が出産されたのかもしれないし、なんにせよ、
       何か祝い事があったということは、考えられそうです。
       2番の神問い事というのも、十分想像できます。
       川の神様としての丹生都姫を考えると、もしかしたら雨乞いの儀式の
       為に、酒を醸造したのかもしれない。

       想像の中だけのお話ですが、この神社で、丹生都姫がお酒をかもし出
       してお祝いされたり、神問いを行われている姿を思い浮かべると、何
       か、嬉しい気持ちになるのです。       

home 神社のトップに戻ります back